育毛サロンに懸ける
政治、経済面の生活基盤は基本的にはいまなお国民国家(ネーション・ステート)である。
国際法や国際諸機関は現在ある限りでは、戦争はもとより個々の国の国内での大規模な人権侵害紛争を阻止できるほどの力ももっていない。
環境破壊に対する処理能力も十分ではない。
グローバル金融市場には国家的ないし国際的機関の統制がほとんど効かないのである。
私は現下の情勢は不健全かつ継続不可能なものであると主張する。
金融市場はもともと不安定なものであり、市場の力にすべての自由をゆだねては解決できない社会的要請がいくつもあるのだ。
残念なことに、そうした欠陥は認識されていない。
それどころか世の中には、市場には自動修正的な機能があり、グローバル経済はグローバル社会なるものなど一切必要とせずに繁栄していける、という信念が広くいきわたっている。
だから、すべての人に自己利益の追求を認めてやることが全体にとつても最善の結果になるとか、集団的な決定によって全体の利益を守ろうとする試みは市場メカニズムをゆがめるものだ、などという主張がまかり通る。
この考え方は一九世紀にはレッセフェール(自由放任主義)と称されたが、これは今日ではそれほどいい名称ではあるまい。
なぜならこれはフランス語であり、市場のもつ魔力とか無制限の競争がもっているメリットとかを信奉する人々のほとんどはフランス語を話せないからだ。
私はそれに代わるもっといい名称を見つけた。
市場原理主義である。
グローバル資本主義システムを不健全かつ維持不能なものにさせたのは市場原理主義である。
このような状態になったのは比較的最近のことである。
第二次世界大戦が終了したときには資本の国際移動は制限されており、ブレトンウッズ体制は資本移動のない状態で貿易を促進することを目的に設立された。
各種制限の撤廃は徐々にしか進められなかったので、市場原理主義が支配的なイデオロギーになったのはマーガレット・サッチャーとロナルド・レーガンが権力の座についた一九八○年頃になってからにすぎない。
金融資本を主役の座につかせたのが市場原理主義なのである。
いうまでもないが、われわれがグローバル資本主義システムをもったのは、これが初めてではない。
その主たる特質を最初に見抜いたのはカール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスで、一八四八年に出版した『共産党宣言』でいささか予言めいた形で指摘した。
一九世紀後半に普及したこのシステムはある意味ではその現代版よりもっと安定していた。
第一に帝国主義列強の存在があり、なかでも大英帝国が抜きんでていたが、これら諸国がこのシステムの中心に居座ることで十分すぎるほどの利益を得ていたので、これこそ維持するに値するものだと認めていた。
第二に、金(きん)という形で単一の国際通貨が存在していた。
これに対し現在は主要通貨が三つある。
米ド論ル、やがてユーロになるドイツ・マルク、および日本円であるが、これらは地球の構造プレートのように互いにこすり合って、その過程で地震を発生させ、弱小通貨を破壊させることもしばしばである。
第三に、そしてこれが一番重要なのだが、当時はある種の共有された信条と倫理規範が存在いうものだ。
していた。
それらは必ずしも実際に守られていたわけではないが、それでも、守るのが望ましいものときわめて普遍的に認められていた。
こうした価値観は理性に対する信奉と科学に対する敬意が、ユダヤ教とキリスト教の倫理的伝統と組み合わされたもので、全体として、なにが正しくてなにが間違っているかの判断基準としては、今日の支配的な価値観より信頼のおけるものだった。
金銭的価値や取引市場などは社会的な結合力の十分な基礎とはなりえない。
このくだりは読者にはこのままではあまり納得のいくものではないかもしれないが、あとで詳しく説明したい。
一九世紀に具現したグローバル資本主義システムはその相対的安定度にもかかわらず、第一次世界大戦によって破壊された。
第一次大戦後はその再建を図る動きがささやかながら出てはいたが、それも一九二九年の大暴落とその後の大恐慌で惨めな結果に終わった。
一九世紀には存在していた安定要因が現在は欠けているという事実を勘案すると、現代版のグローバル資本主義も同様に惨めな結果をみる可能性は、さらにどの程度高いといえるのだろうか。
とはいえ、もしわれわれがいまのシステムの欠陥を認知して、その是正に遅れをとらなければ、破局を回避する可能性は残っている。
では、こうした欠陥はどうして生じたのか、またそれらはどうすれば是正できるのか。
こうした問いに私は答えを提示していきたい。
私の主張は、このグローバル資本主義システムは開かれた社会のゆがめられた形であり、その極端に行き過ぎた面は、開かれた社会の諸原則がよりよく理解され、より広範な支持を得るようになれば、是正可能である、と開かれた社会という言葉はカール・ポパーが『開かれた社会とその敵』と題する本を出したことで世に知られるようになった。
この本が出た一九四四年当時は、開かれた社会はナチ・ドイツやソヴィエトなど、国家権力を用いてその意思を人民に押し付ける全体主義政権によって脅威にさらされていた。
開かれた社会という概念は、全体主義的なイデオロギーが育成した閉ざされた社会と正反対のものだと言えば理解しやすいだろう。
この対比はソヴィエト帝国が一九八九年に崩壊するまでそのまま通用した。
世界のいくつかの開かれた社会は一般には「西側」といわれているが、共通の敵と対決するときはかなりの結束力を示してきた。
だがソヴィエト体制が崩壊したあとは、自由、民主主義および法の支配を強調するはずの開かれた社会は組織原則としての魅力をほとんど失ってしまい、そこへグローバル資本主義が勝ち誇ったように登場してきた。
資本主義は市場の力に全面的に依存することによって、開かれた社会に異なる類いの危険をもたらしている。
本書の中心となる議論は、市場原理主義が開かれた社会にとつて今日ではいかなる全体主義的イデオロギーよりも大きな脅威になっている、という点にある。
このように断言するのはいささかショッキングだろう。
市場経済は開かれた社会の欠くべからざる一部分である。
レッセフェール経済学の一○世紀最大の唱導者であるフリードリッヒ・ハィェク論は開かれた社会の概念を固く信じていたひとりだった。
市場原理主義はいかなる形で開かれた社会の脅威になりうるのだろうか。
ここで私の立場を明確にしておきたい。
私は市場原理、王義が、ファシズムや共産主義がそうであったように、開かれた社会の思想に真っ向から対立するものだと言っているのではない。
まったくその反対である。
開かれた社会の概念と市場経済は密接に結びついたもので、市場原理主義は開かれた社会の思想の単なるゆがめられた一変形であるとみなしていい。
だからといってその危険性が少しでも小さくなるわけではない。
市場原理主義は市場がいかに機能するかを誤解し、市場に、不当に大きな役割を負わすことによって、知らず知らずのうちに開かれた社会を危険な状態にさらしているのである。
私のグローバル資本主義システム批判論はふたつの主要題目に分類される。
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